弁栄聖者関連作品
まだ製作途中ですので、経本は徐々に公開してゆきます
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法城寺所蔵 弁栄聖者の経本/如来讃歎小冊子
阿弥陀経図絵
明治34年以前
明治33年初冬に肋膜肺炎の療養のために法城寺に長期滞在されましたが、その時の思索が後の光明主義の萌芽となります。それ以前には、浄土宗の一教師として御自作の阿弥陀経図絵を使い来世の往生を説いておられました。
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無量寿尊光明嘆徳文及略解
明治35年1月印行
光明主義萌芽期の印刷文です。 療養生活時の御思索と別時念仏による心境の深淵化に伴い、伝道方法をそれまでの阿弥陀経図絵から無量寿経如来光明歎徳文へと転換されました。聖者の教えの根幹である《 ①所求-精神の更生 ➁所帰-三身即一の如来と十二光 ③去行-念仏三昧 》の内、「精神の往生」と「十二光」の解説という二つの方向性が表れています。
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光明主義初期冊子(付初期勤行式/祈祷文)
明治37年~明治40年
『仏教要理問答』の第五課勤行でも「無量寿経歎徳頌」を取り入れ、また「献身」「進徳」「霊化」「感謝」「懴悔」「随喜」「発願」の祈祷など、新しい勤行形式を用いられるようになりました。聖者の教えの根幹の一つである如来の三身一如がすでに表れています。再版本(明治38年)以降から十二光の解説が入るようになりす。但しまだ現行の「至心に(十二光を)讃礼する」讃嘆礼拝の形態にはなっていません。
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明治38年印行小冊子
『一心十界の頌』『聖歌 八相応化の讃』
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明治40年代 十二光確立期
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大正時代 光明主義開闡期
如来光明会趣意書 / 如来光明会礼拝式
(弁栄聖者 如来光明教団 宣誓の書) (如来光明礼拝儀の原型)
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