米沢英雄先生
明治42年(1909)5月31日~平成3年(1991)3月3日寂
日本の医師、浄土真宗の伝道者。福井県福井市生まれ。旧制第四高等学校文科を経て、日本医科大学を卒業。医学博士。開業医のかたわら、親鸞聖人の教えに深く帰依し、多数の著作、全国各地での法話・講演などで、多くの念仏者を生み出した。
あなたが、あなただと思っている、そのあなたの底に、もう一人の〈真実のあなた〉がいるのです。ナムアミダブツは、その真実のあなたを呼び出す〈ことば〉です。少し面倒な話になりましょうが、しばらくご辛抱ください。もう一人のあなたのために。 昭和38年5月 米沢英雄しるす
米沢英雄先生「もう一人のあなたへ」より
1963年12月20日初版
土下座のこころ
人間はその根本構造上、「ありのまま」を「ありのまま」に見ることは絶対に不可能であります。しかも、絶対不可能であるにもかかわらずこの不可能を可能にしなかったならば、人間には遂に安心というものがない。真の幸福というものがない。
この絶対不可能を絶対可能に大転換せしめて、「如」から顛落している人間を「如」に帰らしめる力を、仏の聖名・名号・ナムアミダブツと申すのであります。ナムアミダブツは、人間を「ありのまま」の世界へ帰らしめる唯一の真実の力として、「如」から人間世界にまで来られた、これこそ『如来』であります。清沢先生が、「学問や知識にもまして、如来をたよりにしなければならぬ」と仰ったのは、まことにもっともではありませんか。それは、「如」からて顛落して迷うている私たちを導いて、「如」へ帰らしめる《力》でありますから。
ナムアミダブツは如来であるから私たちを「如」に帰らしめる力があるのだと申しましたが、ナムアミダブツは、如何にして私たちを「如」に帰らしめるのでしょうか。
ここで、私は想い起こすことがあります。
先年亡くなられた和辻哲郎という哲学者があります。『面とペルソナ』という、お若い頃の随想集がありまして、私も学生時代に愛読しましたが、その中の「土下座」という一文は、当時深い感動を以て読み、今日に忘れないものがあります。
それはご自分の体験をお書きになったものと思われるのですが、田舎で医者をして仁術を施し、近隣から敬慕されたお祖父さんが亡くなって、その御葬式に帰京します。筆者(和辻先生)は当時、官立大学の教授であります。今日と違って、当時の官立大学の教授といえば日本で指折りのいわゆる偉い御方であります。その話を理解しますのに、筆者(和辻先生)のこの地位は重要な意味をもっています。その郷里の風習として、遺骸を村はずれの火葬場へ送り届けますと、喪主は焼場の入口に土下座して、会葬者を見送るのであります。それで、筆者はその父にあたる人と共に、土下座をしております。田舎のことでありますし、明治時代のことですから、無学文盲の人が多い。服装も貧しい人が多かったのだろうと思います。筆者はr土下座して、そういう人々の汚らしい足の行列の通り過ぎていくのを拝んでいるわけであります。「帝国大学教授」の肩書も、田舎の風習の前には一たまりもありません。恐らく、最初の内は、この土下座を、田舎の弊習として軽蔑しながら、インテリとして照れ臭がりながら、不承不承、形式的に土下座していたのでありましょう。心の中では、反抗的に頭を上げていたのであります。しかし、土下座して足の行列を拝むという行を続けている内に、筆者(和辻先生)の心の中に大きな変化が起こって来たのであります。はじめは、相手を田舎の無学文盲と軽蔑しておりました。そんなものに向って、日本でも指折りの帝大教授が土下座しているということは、憤懣に堪えぬところでありました。色々な思いが教授の脳裏を去来し、幼時のことを追想いたします。すると、自分の前を通り過ぎて行くこの方々のおかげで、祖父や父が、この土地で生活することが出来、また、自分は今日まで考えてみようともしなかったが、この方々の見えざる力に支えられて来たればこそ、自分の今日の地位も得ることが出来たのであるということが、しみじみと筆者(和辻先生)の心に頷かれて来て、はじめは、いやいやながら、形式的に申し訳にやっていた土下座が、後になるほど、心から頭が下がって、思いあがっていた自分が恥ずかしくなると共に、郷里の人々の御恩が身に沁みて有難くなり、今日までそれを忘れていた自分の愚かさが深く悔やまれて来た、というのであります。
これは、この筆者(和辻先生)ばかりではありません。誰でも、自分の努力で今日の地位を築き上げ得たと思い上がっておりますが、あにはからんや、無量無数の方々のおかげによっていることを私たちは忘れております。筆者(和辻先生)はたまたま、郷里の因習によって、これを眼のあたり教えられました。こんなふうに具体的に教えられなかったなら、なかなか自分では気付かぬ程、私たちは思い上がっており、自分自身について愚かなのであります。学問や知識がどんなにあっても一番大切なことについて愚かなのであります。
学問や知識があればあるほどこれをたのんで、却って「如」から遠ざかってしまうのではないでしょうか。無学文盲の人ほど、「如」に近いのかも知れません。如は〈純真なこころ〉によって、感得されるもののようでありますから。
私の重さ
「如」は、その中にいるが為に、直接これを知ることは難しいのです。〈土下座のこころ〉になるところに、拝まれてくる世界であります。
ナムというのは土下座のこころであります。
アミダブツというのは、無量寿・無量光、つまり時間的に無限、空間的に無限といわれますから、宮沢賢治の言われた四次元世界、この世界が浄土のことでます。アミダブツに土下座するとは、この中に生かされている私が、〈生かしていられるあなたに叛いておりました〉という懴悔の心でありましょう。私たちが如から出てきているというのは、如に叛いているのであります。アミダブツが如から出て来られたのは、叛いている私たちを如に帰らしめるためであります。アミダブツが如から出て来られたのは、衆生と呼ばれる私たちの為であったのであります。頭でアミダブツを考えるのでなく、聖名を称えて合掌するところに、〈アミダブツの中にある私〉を感ずるのであります。これがナムアミダブツであります。アミダブツの中におりながら、アミダブツに叛いているという自覚が、ナムアミダブツであり、その自覚を通してアミダブツに会い、浄土に帰っていくのであります。
私には、今は二人ともなくなりましたが、両親がありました。両親には、また両親がありました。こうしてさかのぼりますと、無限に過去が拡大していきます。つまり、私が今日まで生存し得たのは、時間的にも空間的にも、無限の存在のおかげであります。正確には、宇宙の立ち始まり以来、存在したすべてのものが、そのまま存在しなかったならば、私は存在し得なかった、ということであります。私は宇宙の立ち始まり以来の歴史を背負うてここに存在しているのだ、ということであります。私は取るに足らぬ存在でありますが、それでも、この私が此処にこうして存在するためには、宇宙の立ち始まり以来存在したものが、何一つ、塵一つ欠けても存在し得なかった、ということであります。私はささやかな存在ではありますが、宇宙と同じ重さをもって此処に存在しているのであります。今、歴史と申しましたが、私がここで言っている歴史というのは、普通、学校で習っている歴史とは違うのであります。学校で習っている歴史は、人間の歴史の中から、それも主な意見だけを抽出して配列したものであって、真実の、あるがままの歴史ではなく、〈抽象の歴史〉であります。考えられた歴史であります。私の申している歴史は、賢治の言う「四次元世界」で、私が今日存在するまでに存在したすべてのものによって、そのまま隙間なく埋め尽くされている歴史であります。考えられた歴史は重さをもっていませんが、私を存在せしめた歴史は、〈重さをもった歴史〉であります。この重さが、私そのものの尊さになる訳でありましょう。皆さんのお一人お一人が、宇宙立ち始まり以来の歴史の重さをもって、此処に今日こうして存在しているのです。釈尊というお方は、この点を、「天上天下 唯我独尊(天地の間で私一人が尊い)」と申されて、自分自身の重さというものを、自分の掌に受けて、いただかれたのでありましょう。
この歴史の重さ、私自身の重さは、私が存在するまでに存在した一切、私の眼に触れた大海の一滴から、私の見たこともない、考えることも不可能な、気の遠くなるような一切にたいして、「おかげさま」と手を合わせて拝むことによって、その前に土下座することによって、無量寿・無量光とも言われる四次元世界に対してナムアミダブツすることによって、この身にひしひしと感じとらせていただくことが出来るのであります。そして、合掌しナムアミダブツすること以外では、感じ取らせていただくことの絶対に出来ない境地であります。
私が、その前に立って零に等しくなるとき、私を存在せしめた一切が、私の前に顕われるのであります。現れるのを感じ取ることが出来るのであります。私を存在せしめるために存在した一切を感じ取ることが出来た驚きが、その感動が、またナムアミダブツという〈ことば〉になるのでありましょう。
私が、私自身と思っている私は、自分の思うようにしたいという魂胆、自我を中に隠し持っている私であって、この私では、私に都合の良いものだけしか見えなくて、都合の悪いものはこれを無視するか、打ち捨ててしまいます。こうした見方の前には、世界はその全貌を表わすことがありませんし、私は世界を見ているようでいて、わがままな自分勝手な解釈をしているに過ぎません。こうした世界観は当然、いつかは行き詰まるはずであります。私たちはこうして行き詰まった場合、自分の解釈が行き詰まったとは思わずに、もう自分の生甲斐は失われたと、勝手に簡単に、人生に絶望しがちであります。そして、つい、一番大切な自分に対し自殺を択んだりいたします。身勝手も甚だしいものと申さねばなりますまい。
私が、私自身だと思っている私の、その心の底に、もう一人の私、真実を感じ取ることのできる私がおる筈であります。私の自我が、自分の都合・不都合で〈娑婆〉を虚構するものであれば、虚構している〈娑婆〉に気付いて、真実に触れる私がおるはずであります。私の心の底に隠れていて、日常、私も気付かずにいる〈もう一人の私〉は、如何にして顔を出すのでありましょうか。
そうです。ナムアミダブツする時にのみ、もう一人の私が顔を出すのであります。私もまた、私の中に隠れているもう一人の私にナムアミダブツする時に、初めて出会うことが出来るのであります。
ナムアミダブツは、外に〈真実の世界〉に触れ、内に〈もう一人の真実の私〉に出会うことに出来る、たった一つの道なのであります。